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SPECIAL CONTENTS  Page.3 第3号 巻頭対談こぼれ話

立誠自治連合会会長 諸井 誠一

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京都文化博物館学芸課映像主任学芸員

映像情報室長

森脇 清隆

「Page.3」 第3号では諸井さん、森脇さん、に「日本映画原点の地」についてお話しをうかがいました。対談のこぼれ​話をwebで特別公開いたします。

映画が身近なまち京都―番外編

諸井さんのお店(美久仁)から牧野プロダクションの事務所が近かったのですよね?

事務所はうちよりも4、5軒、上(北)だからこの辺。今でいうとラウンドワンのとこです。

ということは、この河原町通のところにはよく俳優さんがいらしていたのですね!

:マキノプロダクションに関係がある人だけと違って、もう新京極に行こうが、先斗町行こうが、木屋町に行こうが、どこでも俳優さんが歩いていたよね。

かつて新京極には数え切れないほど映画館がありましたが、お二人はどれくらい行かれましたか?

:ほとんど行っているけども、戦前に閉まったところは行ってないわな。

:だいぶ行っていますよね。

:『ベン・ハー』[1] とか大きな映画はシネラマ劇場(大阪のOS劇場など)に行かないと観られない。ああいうのは京都ではかけられなくって。

:シネラマというのは映写機3台で横長のスクリーンに映す設備なんですが、大阪とくらべて京都は入るのが少し遅かったんですね。

:そのために大阪まで観に行ったのは『ベン・ハー』と『ウエストサイド物語』[2] くらいかな。

:京都の映画館は大半行ってますよね。

:そうやね。弥生座なんかは弐番館[3] だったから、京都座、京都松竹座の方が多かったね。それからSY松竹京映と京都日活ですね。

――当時の映画館の様子はいかがでしたか?

:今は入れ替え制になっているけども、昔は朝から晩までいても同じ値段やからね。

:流行っている映画なんかは、席を取るために映画が終わる前に劇場に入るんですよね。立見で映画の最後だけ観て、終わって観ていた人が出た時に空いた席に座る。

:で、最初から観る。

:だから、エンディングを2回観たりしましたね。

当時、映画はいくらぐらいでしたか?

 

:俺ほとんど店に来た人が置いていったタダ券だったから金払ったことない(笑)。

:今の1800円的よりは少し安かったイメージかもしれません。

:封切りでいくらやったやろ?

 

――違うのですか!?

 

:うん、違う違う。弐番館・参番館と全然値段が違う。

:弐番館・参番館的だと、コーヒーよりも少し高いくらい。

:そうだねえ。今で言ったら400円、500円くらい。ワンコインくらいまでやね。

 

――なるほど、確かにそれなら気軽に入れますね!

 

:パチンコ全盛の時期もあったけども、パチンコやるよりは映画観ようという人もいるし、喫茶店行こうかという人もいる。

:時間つぶしする時に喫茶店行くか、もう少し出して映画館行こうかっていう選択肢のひとつ。

:そうやね。

:それが当時の繁華街の中での映画館の役割だったのですね。映画館はコンテンツ・芸術作品を鑑賞する場所でもあるけれど、弐番館・参番館というのは時間つぶしの場所でもあった。「面白いやん!」となったら、他の作品も観たり。

:うん、口コミがあったよね。

映画という文化の一点が立誠小学校だったー番外編

 

――立誠小学校は日本で初めて最初の映画と言われる シネマトグラフの試写が成功した地であることから「日本映画原点の地」と言われていますよね。

 

:シネマトグラフの興行の切符とか、「観た」っていう日記とかちょくちょくあるっていう話を聞きますね。

:珍しかったということだね。それだけ記録が残っているということは。

:それは、そうですよね。パリでシネマトグラフの興行が行われた時は『ラ・シオタ駅への列車の到着』っていう映像が有名なんですね。単に駅のプラットフォームに機関車がバーって入ってくる映像なんですけども。それを観ていたお客さん方が飛び退いたみたいな。それくらい、映画っていうのはショックを与えたみたいですね。

どんどん新しいものを面白がって作っていく文化のシンボル

――今日はわざわざお越しいただきありがとうございました。機関誌作成にあたり下調べをしましたが、こうしてお話を聞くとわかることがありました。

そのように見ていけばいいのですね。聞くとワクワクします。立誠小学校跡地はこれから複合施設として再出発しますが、その中で機関誌「Page.3」はアーカイブも目的にしていますので、今日の話を多くの皆さんに読んでいただけるようにしたいですね。

 

:それが全く僕らの仕事でね、アーカイブしているものをどう活かすかって仕事です。基本的に「古いものはええやろ」って見てもらうというのだけではもうすまへん。

 

――立誠小学校の閉校後は文化・芸術発信の場として活用されてきました。その時に「あれ?京都の方は若者も受け入れてくれるし、新しいものも好きだな」と感じていました。そのような京都の方々のことが、またひとつ今日話を聞いていてわかった気がします。

 

:京都の人は昔から変な人が多かったからね。アバンギャルドがすごく大切。最前線ということですね。最前線ということは、当然後ろがあるんです。演劇であれば、演出の手法であったりね。前の人がこうしていた、しかし、今の人はこうするみたいな。そういう最前線の崖っぷちがアバンギャルドなんですね。京都の人はそれは好きなんですよ。ですが、過去を知っているけれど、こうなんだって言えないとダメで、思いつきでポンとやるものは皆んな嫌う。背景をちゃんと知っているかどうかを見ているんです。映画の現場も同じで。京都の人は怖いわけではなしに、そういうところを見ているんですよ。「この人どこまで理解して言うてるんだろうか?突飛なことを言わはるけど」って。その時に「こういう根拠があるのを知っていますが、裏切るんです」ってやったら「あ、面白いやん」となります。

 

――そうですね、おっしゃるようにこれまでの背景を大切にながら、新しいものがこれからも生まれていくといいですね。

 

:30年前の京都って、学生だって映画監督だって毎晩この辺を(木屋町など)ウロウロして、面白そうなライブがあったら観に行って、自分の好きな音楽やったら「自分の次の作品で音楽やってくれ」って。個展とかを観に行って、面白いとなったら「じゃぁ、美術やってほしい」と。で、芝居を観に行ったら「出てください」とか。それは京都の映画監督が日々地回りやないけど、自分と気があう人がいないか探すことが出来たんですよね。

 

――なるほど、この辺は(木屋町など)地回りスポットなんですね。

 

:そうそうそう。あと大学もね。そうやって芝居であったり、映画であったり、ライブであったり、美術であったり、いろいろなものがありますから。自分が映画を作るという時に、自分が好きなものを人と一緒にできたら面白くなるかもしれないって、貪欲にコレクションしていって映画にしたりしていた。そういう面白さがあったんですね。たくさんのドラマがありますよね、このあたりというのは。まちというのが、表現なり想像の糧になっていたのですね。まちもそのために色々なものを供給していた。それが今変わってきてしまっているのは勿体無い。

 

――今後ともしっかり継承していくことが大切ですね。

 

:そうですね。勿体無いですよ。こんだけ、京都にはわけわからない人がいるんだから。やはり人のいろいろなものを見て、こういう色々な人が集まるところを「寄り合いの場所」とか言い方をするんですけど。その良さを活かして欲しいですね。

[1] 1959年制作のアメリカ映画。ウィリアム・ワイラー監督、チャールトン・ヘストン主演。同年アカデミー賞11部門受賞。

[2] 1961年のアメリカ映画。ロバート・ワイズとジェローム・ロビンズ監督、ナタリー・ウッドとリチャード・ベイマー主演。

[3] 弐番館や参番館は封切られて1年以内の作品や、いわゆる名画座として旧作映画を流す映画館などのこと。

:やはり「過去にあったことの文化のシンボル」としてよりは、「どんどん新しいものを面白がって作っていく文化のシンボル」として立誠小学校があるんですよね。その点がなかったら単なる昔語りにしかならへんのね。そうやないのがやっぱり京都の良さ。ただ一方で、もう死んでしもたこともあるかもしれない。例えば、文化博物館の別館は煉瓦造りで立派な建物です。では今、京都の人が同じものを作りますか?と。今の京都の人が、また平安神宮を作れますか?という話ですよね。やはり昔はそれだけパワーがあった。昔のものを引き継いだだけではなしに、煉瓦造りを作ったことない人らが新しく煉瓦造りをドーンと作った。そうして海外の専門家にも評価されるものを作り出したりするわけじゃないですか。そのような新しいものを作るパワーという部分から、今の人は何を学んだらええのだろうか、と。京都のそれぞれの時代の人は「昔はよかった」と安心していたというわけではなしに、必死に新しいもの作ろうとしていたから歴史に残るものがあるわけですよね。それくらいの気概を持っていたんです。ですから、映画でもなんでも「古いもの」というよりは、当時のそれを作った人の姿をリアリティ、イマジネーションを持って見てもらいたいです。もしかしたら、今を生きている次の世代の人たちにも、役立つかもしれない。

【諸井 誠一  Makoto Moroi】

1945(昭和20)年京都府生まれ。立誠自治連合会会長。河原町の天ぷら美久仁店主(2019年1月末、建て替えのため一旦閉店)。「日本映画原点の地」の活動を精力的に行う。

 

【森脇 清隆 Kiyotaka Moriwaki】

1962(昭和37)年大阪府生まれ。京都文化博物館学芸課映像主任学芸員・映像情報室長。

【京都文化博物館フィルムシアター】

京都で制作された作品を中心に約780作品を所蔵。毎月様々な切り口で特集企画を組み1日2回、京都府が所蔵する日本の古典・名作映画の上映を行っている。シアター前のロビーでの上映作品に関連する資料や解説パネル等の展示も必見。上映スケジュールなどは公式サイトでご確認ください。

 

住所:〒604-8183 京都市中京区三条高倉

TEL:075-222-0888 FAX:075-222-0889

開館時間:10時−19時30分(入場は19時まで)

入場料:一般500円 大学生400円 高校生以下無料(総合展示入場料で鑑賞できます。)*特別展は別途料金必要*催事により料金がかわる場合があります。

公式サイト: http://www.bunpaku.or.jp